松一松一

高畑様

高畑様 / 会社名入ります

ここに、松一さん側の提案のコンセプトやキーワード、松一さんの側から見たスーツのストーリーが入ります

中学から高知県の全寮制の学校に通っていたため、独立心や自立心は人一倍強かったと思います。
また、青春時代の全てを野球に捧げた6年間でしたが、おかげで上下関係や反骨心など、今思えば多くのことを学べた学生時代だったと思います。
高校卒業後、いったんは大学に入学するも、3年生を迎える頃には大学に通うことの意義が見出せず、退学して知人の紹介で美容室に見習いとして働き始めました。

【父の会社が倒産】
ちょうどその頃、当時6店舗ほどの家電販売店を営んでいた父がギャンブルや保証人などで多額の借金を背負い、夜逃げ同然で家を出て行きました。
差し押さえられて立ち退きを余儀なくされた自宅には、映画でしか見れないような紫のスーツにパンチパーマの人たちが出入りしていたのを今でもよく覚えています(笑)
急遽、父の会社に戻った私は、起業家スクールに通いながら必死で経営を学ぶことになりました。
ところが一度崩れ始めていた会社は瞬く間に倒産してしまいます。
私がまだ23歳の頃のことです。
若かった私は、父のリベンジとばかりに個人商店で同じ家電店を創業しました。

【運命的な出会い】
とにかくそれからはがむしゃらに働きました。
25歳を迎える頃には個人の月売り上げが1,000万円を超えるほどにまでなっていました。
「あんたが電気屋やっている間は、あんたからしか買わん」そうお客様に言われた時は本当にうれしかったですね。
そんなある日、北陸の芝寿しで有名な梶谷会長の講演を聞き、人に喜んでもらうことをとことん追求してきた生き方に強く感銘を受け、自分もそんな人生を歩みたいと思うようになりました。

【エクスト設立】
電気店は、何とか黒字化は出来ましたが、本当に自分は、何をしたいのか?
悩間続ける日々が続き、自分のやりたい事、成りたい姿を模索するなかで、パソコンが普及するにつれLAN配線やホームページの制作依頼が増え、通信事業部を立ち上げるまでに至りました。
その後、当時協力会社として制作を手伝ってくれていた現専務の芝先と有限会社エクストを設立しました。
現在はWEBを活かしていかにユーザーを増やすか、そのお客様の創客支援コンサル事業を主としていますが、今後は新しく面白い取り組みや自社サービスも積極的に行っていきたいと思っています。

【松一のスーツ】
松一のスーツを仕立てる機会は、周りの経営者仲間が仕立てたスーツを見てかっこいいなぁ~と思い、私も仕立てることにしました。公演活動もしていることもあり、定番のネイビーを仕立てましたが、伸縮性のある生地を提案してもらい、着心地よく壇上で話すことが出来ています。また、今回は、コロナの影響でWebでの公演や打ち合わせもふえたので、どうしようかと考えている時に、Zoomでは、装いの違いが分かりにくいので、ストライプ柄の今までは、着たことがないようなジャケットを提案してくれました。妻からの評判も良く、大変気に入っています。

一覧に戻る