
辻本 浩平様 / 辻本建設株式会社
【Product Outline:スーツ概要】イタリアの至宝・ARISTON(アリストン)社の『Tecno Jersey』を採用。
驚異的な伸縮性による「動きやすさ」と、テーラードスーツとしての「端正な顔立ち」を両立させた一着です。
毎日着用する作業着としてのスーツではなく、**「ここぞという接客・訪問」**に特化した一着としてご提案しました。暑い季節の来客対応や移動を伴う訪問でも、着る人には快適さを、お相手には涼やかで誠実な印象を与えます。
【Order Story:受注経緯】
「品格は絶対に崩したくない。しかし、アクティブに動けて、かつ暑さを感じさせない機能性が欲しい」という、経営者ならではの切実なご要望からこの製作は始まりました。
【Matsuniche Note:松一の視点】
久しぶりにオフィスへ伺い、対話を重ねる中で強く感じたのは、現状に甘んじることなく「ビジョンと現実の差」に真摯に向き合うクライアント様の熱量です。
その葛藤は、次のステージへ飛躍するための準備運動に他なりません。
新しい挑戦に向かう際、服装がストレスではなく「自信」を後押しする武器となること。今回のスーツが、その一助となれば幸いです。
お客様にとって「笑顔を与えられる工務店」であることを第一に考え、細部までこだわった丁寧な仕事を心がけている辻本様

創業_seed
インタビュアー:「創業」という言葉についてどう感じますか?
辻本様
創業って僕には難しい言葉です。会社を作った時が始まりなのか、それとももっと前からなのか…。
インタビュアー:もっと前から振り返っていただけますか?
辻本様
はい。僕はずっと大工の道を選びたくて、中学生の頃には「大工になる」って決めていました。憧れの世界でしたしね。18歳でこの仕事に入った時に、まず驚いたのは「当たり前のことができない人」が多かったことです。挨拶とか、近所との付き合いとか、整理整頓とか。そういう基本ができていない人たちが、仕事もなんだか楽しそうじゃない。
僕は憧れて飛び込んだ仕事だったのに、現場にいたのは「イヤイヤやっている人」ばかりに見えました。そのギャップに衝撃を受けました。「このまま大工を続けていたら、自分も同じ様になってしまうんではないか」と危機感を抱いたのは18歳のときでした。
インタビュアー:憧れと現実のギャップが大きかったですね。そこからどう動いたのですか?
辻本様
まずは、仕事を覚える事に全力で取り組みました。そして24歳のとき、独立を意識して親方に相談しました。「ただ仕事を受けてこなすだけでは、自分には魅力を感じられない」って。でも親方は「稼げて飯が食えたらそれでいいじゃないか」という考え方でした。目指す方向が違うと感じたので、僕は独立を決意しました。大工や職人という職業をもっと輝かせたい、いいものにしたい――そう思ったからです。
インタビュアー:憧れた大工を、憧れの職業にしたかったですね。
辻本様
もちろん、大前提は「稼げないと意味がない」です。だからこそ、圧倒的に稼いで、その理由を周りに伝えようと考えました。「突き抜ければ注目される」と考え、一人で働いてみんなの倍くらい稼ぎました。その上で、毎朝現場を掃除し、帰りも綺麗にして、身なりも整えて。徹底して続けました。「こういう基本から始めないと、絶対に仕事なんて稼げない」ということを伝えたかった。
インタビュアー:素晴らしい20代の考えですね。
辻本様
でも、若い子を雇い始めて、目の前の仕事に必死でした。お金を回すこと、仕事をこなすこと。それにどんどん集中していった時期でもあります。
改革期_innovation
インタビュアー:30代の頃、ご自身の会社や人材についてどんな思いを持っていましたか?
辻本様
あの頃、自分のところに来てくれている子たちの将来を考えた時に、「もう一度立ち返らなきゃ」と思いました。18歳や20歳の頃に抱いた思いを、ちゃんと実行できる状態にしないと。個人事業で人を雇ってはいましたけど、何もかも自分一人で抱えられる状態ではなかった。ただ仕事を与えるだけで、彼らの人生を背負えていなかったです。本来なら「職人って楽しい」「やりがいがある」と思ってもらえる環境をつくる責任が自分にあるのに、それができていないと感じました。
だからこそ、法人化しようと決めました。会社にすることで、やるべきことを明確にし、職人が輝ける未来を徹底して作ろうと。35歳で法人化しました。
インタビュアー:法人化の根っこにあった思いは何だったのでしょう?
辻本様
突き詰めると、自分自身の体験です。親に反対されて選んだ道でもあり、「職人なんて」という言葉が心のどこかに刷り込まれていた。だからこそ「職人はいい仕事」って証明したかった。雇っている子らにも「いい仕事に就いた」と胸を張ってほしかった。法人にしなければ信用も広がらないし、学校など外に働きかけることも難しいですから。これが僕にとっての創業の精神かもしれません。
インタビュアー:そもそも、大工になりたいと思ったきっかけは?
辻本様
シンプルに言うと「かっこよかったから」です。服装や姿に憧れたし、「自分の家を自分で建てられるじゃないか」と思った。僕の家は小さくて、玄関も狭くて、自分の部屋もなかった。だから「大きな家に住みたい、その家を自分で思うままに作りたい」と憧れです。ものづくり自体も好きでしたしね。
インタビュアー:会社を設立してからはどうでしたか?
辻本様
今ちょうど5年目です。設立したときは「100人の職人がいる会社にしたい」と思っていました。大工が大工のために作る会社を、という理想です。でも現実は難しかった。職人って気性が強いし、個人でやるのが気楽だと思う人が多い。「なんで属さなきゃいけないのか」と。
結局、助っ人として動くスタイルに落ち着きました。この業界は売上が上がっても利益率は2割前後。個人事業なら残る利益も、会社にするとシビアです。社員職人を抱えるのも難しくて、何度も壁にぶち当たりました。経営者としてのマインドになった瞬間、現場で突っ走って「ついてこい」と言えなくなった。コントロールしようとすればするほど、職人も僕も迷う。結果につながらない時期が数年続きました。

ビジョン_vision
インタビュアー:今はどういう方向性を描いていますか?
辻本様
職人をたくさん抱える事はやめました。5人でいい。職人が輝ける環境を作りたかったけれど、周りは必ずしもそれを求めていなかった。ならば、僕は「職人が稼げる仕組み」と「お客様が安心できる仕組み」のバランスを取る役割でいいと思うようになりました。
今は「助っ人業」ではなく、お客様の相談窓口に近い工務店を目指しています。困ったときに「彼に電話すればなんとかしてくれる」と思ってもらえる存在でありたい。だから職人は少数精鋭がいいです。
インタビュアー:これからのビジョンは?
辻本様
今は、全ての仕事に関わっていますが、いずれは、もっと多業種の仲間とチームを固めたい。外壁や設備のプロたちとコアなチームを作って、それぞれが苦手な部分を補い合えるようにしたい。最終的には管理会社のような形に近づくかもしれません。ただ僕自身は管理が得意じゃない。どちらかというと「困ったら駆けつけて解決する」ことがやりたい。お客様にとって相談しやすい工務店、フットワークの軽い存在でありたいです。
辻本建設株式会社 代表取締役 辻本 浩平様


